礼拝説教・2026年1月11日・黙示録11:1-13
“獣に殺されても生き返る二人の証人”
大洪水のさばきのとき、ノアとその家族以外の人々はすべて滅んだが、これから来る世の終わりはどうか?福音に全く無関心でみことばを聞こうとしない人達を見て“神は彼らを見捨てているのではないか”と思うと寂しく感じるが、神は彼らを見捨てていない。今日の箇所からそういう人達をも悔い改めに導こうとする神のみこころが分かる。ヨハネの見た幻には「神殿」と「外の庭」が出て来る。「神殿」は教会を、「外の庭」はこの世を表す。「神殿」で礼拝する人々はキリスト者だ。神殿で礼拝するキリスト者は「測り竿」で測られ、「外の庭」にいる異邦人は測られない。教会やキリスト者はその信仰が本来のあり方なのかどうか測られる。もし聖書から外れたり、この世と妥協していたら問題だ。だから教会やキリスト者はその聖さを保つためにその信仰を測られる。だが、この世や未信者はもともと信仰がないから測る必要はない。だから「外の庭」の異邦人とはこの世にいる未信者のことだ。
「彼らは聖なる都を42か月の間、踏みにじることになる」私達はこの世やそこにいる人々と仲良くしようと心がけるが、世の終わりには彼らは真の神とその御子を否定しようと私達を迫害するようになる。患難時代が来るのである。だが、神は私達の側に立ってみことばの剣でこの世と戦う2人の証人を送る。彼らは試練の中で忍耐する私達にとって希望だ。彼らは1260日間(42か月間あるいは3年半)預言をする。この世に対してみことばを語り、神の義を示し、この世の罪や悪をさばき、人や人の欲望も科学も経済的繁栄も国家も王も神ではないことを明らかにする。神がこの2人を遣わしたことは神がこの世の人々を見捨てていない証拠だ。2人を通して語られるみことばは人々の罪をえぐり出す。人々は神の前にへりくだることができず激しく反発し、2人を脅し“もう語るな、黙れ”と圧力をかけるが、2人には不思議な権威があるから黙らせることができない。この世は2人を憎み、殺したいと願うが、2人が語り終えるとその願いが適う。「底知れぬ所から獣」が上って来て彼らを殺す。人々は大喜びし、その死体を大きな都の大通りに晒す。
けれども、どんでん返しが起こる。「しかし、3日半の後、いのちの息が神から出て2人のうちに入り、彼らは自分達の足で立った。――2人は天から大きな声が‘ここに上れ’と言うのを聞いた」この世の人々は2人が語る神のさばきに反発し、2人の死を喜んでいたが、復活と昇天によって、2人を遣わした天の神の存在を知らされ、さらに大きな地震が起こり都の10分の1が倒れ、7000人が死ぬことで残った者達は2人が語ったことは真理だと悟り、偉大な天の神に栄光をお返しする。すなわち私達が迫害によって自由を奪われ、宣教ができないとき、神はこの2人を通して私達の代わりにみことばを伝え、しかも私達には語れないことをズバリ語る。人や人の欲望は神ではない、科学は神ではない、経済的繁栄は神ではない、国家や王は神ではないことが明確に示され、創造主だけが神であり、その神の御子だけが救いであることが明確に示され、天の神に栄光を帰す者達が起こされる。患難時代には迫害で私達は捕らわれたり隠れたりで宣教はできないが、私達の代わりに宣教する2人は私達の希望だ。試練や苦難の中にも希望を見出す信仰をこの2人は教えてくれる。
