礼拝説教・2026年6月14日・マタイ13:24-30,36-43,黙示録20:4-6
”毒麦を忘れないで!“
毒麦のたとえ話は、世の終わりに至る教会の歴史、また世の終わりに至る人類の歴史を表す。初代教会から続くローマ帝国時代の教会史で毒麦とは国家と異端だった。特に国家を考えよう。初めローマ帝国とキリスト教の間には何の問題もなかったが、紀元後64年に皇帝ネロがキリスト教徒をローマの大火の犯人に仕立てあげて最初の大迫害を行った。紀元後90年代にドミティアヌス帝がそれまで厳格ではなかった皇帝礼拝を自分の権威を高めるために厳格に行い迫害が起こった。2世紀にキリスト者を取り締まる方針をトラヤヌス帝が決めた。わざわざキリスト教徒を探し出さないが、もしだれかが訴えたら訴えられた人は逮捕され棄教を勧められ、拒否なら拷問、それでも拒否なら処刑だった。迫害は所々で散発的に起こったが、大迫害はなかった。3世紀にはローマ帝国は国民を精神的に統一するために皇帝礼拝とともに太陽神の礼拝を強制し、キリスト者達に危機的な大迫害が襲った。
だが、その後、現れたコンスタンティヌス帝は内戦を勝ち抜くと、AD312年のミラノ勅令でキリスト教徒迫害の中止と公認を宣言。長年、迫害を恐れ、殉教の覚悟で生活してきたキリスト者は最後に勝利を得たと喜んだ。だが、最後の勝利とは言えない。教会は認められ、立派な建物を持ち、たくさんの人達が教会に集まったが、それに伴い世俗化し、反発して教会を出て荒野に向かう人達がいた。修道院の始まり。この教会の劇的な変化のゆえに、信仰にも変化が生まれた。かつて“私達は毒麦によって苦しめられているが、やがて収穫の時が来たら毒麦は滅ぼされて私達は天の御国に入る”と信じて苦難を耐え忍び、主の再臨を待ち望んだが、急に公認されて平和になることで、毒麦をあまり意識せず、国教化によって教会と国家が一体化してキリスト教世界が成立し、世の終わりに来る神の国を軽視し、教会を通してすでに存在する神の国を強調する楽観的な千年期後再臨説を唱えるようになった。
だが、近代になると状況が変わり、初代教会やローマ時代に教会が信じていた千年期前再臨説が復活してきた。それは主の再臨が来るまでに毒麦が猛威を振るうことを率直に認める立場だ。20世紀になると2度の世界大戦が起こり、ますます千年期前再臨説が増えてきた。一方、楽観的な千年期後再臨説は人気がなくなり、その代わりに千年期を否定する無千年期説が増えてきた。いずれにせよ、主の再臨が訪れる終わりの時まで毒麦は猛威を振るい続け、人類は苦難の中を通され続けることに変わりはない。私達は平和な時でも戦争の時でも、毒麦に囲まれながら生活する。毒麦とは何か?改めて問い直すことが必要だ。コンスタンティヌスとその後継者によってヨーロッパのキリスト教世界が出来て“コンスタンティヌスを通して神のご計画は成し遂げられた。彼は教会の恩人だ”と喜びほめたたえたに違いないが、そこでも毒麦は静かに目に見えない形で働いていた。第二コリント11章「サタンでさえ光の御使いに変装します」公認されて迫害がなくなり平和になったことは非常に良いことだが、毒麦はなりを潜めていただけで密に活動していた。「収穫まで両方とも育つままにしておきなさい」を心に留めよう。私たち個人として死に至るまで毒麦との戦いが続く。年をとっても油断できないし、年をとってもチャンスはある。最後まで毒麦との戦いを続けよう。
