礼拝説教の要旨・2025年1228マタイ2:

“涙と嘆きを喜びに変えるキリスト”

生まれたユダヤ人の王を礼拝するために星に導かれて東方の博士達がエルサレムに来て「どこにおられますか」と言ったそのだったヘロデは猜疑心自分の王位を脅かす者現れたと思い、その王がどこいる祭司長や律法学者に問いミカ書からユダのベツレヘムだと分かると、博士達を遣わしの居場所を探させて殺すことを考えた。

博士達はベツレヘム向かい星に導かれて幼子がいる家見つけた。彼らは母マリアとともにいる幼子を礼拝し、黄金、乳香、没薬をささげた。夢で主の使いがヘロデのに戻らないよう命じたので博士達は別の道を通って国に帰った一方、ヨセフには主の使いが夢を通してヘロデが幼子の命を狙っているからエジプトに逃げ告げヨセフはれに従った一方ヘロデはエルサレム博士達を待っていたが、彼らに騙されたことに気づいて激怒し、家来達を送り、ベツレヘムとその周辺の2歳以下の男の子を虐殺した。

たくさんの男の子達は幼子イエスの代わりに犠牲になったなぜ、うちの子は殺されなくてはならないのか?”親達嘆きしみ、怒りは「ラマで声が聞こえる。むせび泣きと嘆きが。ラケルが泣いている。その子らのゆえに。慰めを拒んでいる。子らがもういないからだ(エレミヤ31:18)がよく表している。何の罪もない幼子達の死の原因はヘロデの罪にある。猜疑心そこまでする珍しいところで自分には何の罪もないのにヘロデの罪のゆえに殺された幼子達は、あるお方を思い出させてくれそのお方とはイエスキリストである。イエス様は大人になって時が来たとき、人類の罪のゆえに十字架にかけられ殺された。だからエレミヤ31:18は幼子達を殺された親達の嘆きと悲しみと怒りを表すとともに、やがて十字架で殺されるイエス様をあらかじめ表すイエス様十字架で死ぬことで私達に救いをもたらす。エレミヤ31:18だけを読むと、嘆きと悲しみと怒りだけが見えるだが、エレミヤ31章全体を読むと、全く違い、祝福や恵みや喜びが溢れるほど見えてくる

エレミヤ31新約聖書読むと異邦人である私達かつて祝福から除外された者だったが、イエスキリストを信じること霊的なイスラエル人となりイスラエル人に約束された祝福は私達にも与えられ31:3「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した永遠の愛とは何か?神の御子キリストが十字架にかかること表されたその愛によって永遠のいのちが与えられ31:4-5「おとめイスラエルよ。再びわたしはあなたを建て直し、あなたは建て直されるそれは私達の生き方が変わることだ神の前を認め、イエス様を信じること私達の生き方変わイエス様を信じる前は、何事も自分中心で生きるとか、この世の流れが中心で自分は振り回される生き方していたが、イエス様を信じることで神を中心にして神のみこころに従う生き方に変わる31:6-7主よ、あなたの民を救ってください。イスラエルの残りの者をまだイエス様を知らなくて救われていない人達を救ってくださいと私達祈り福音伝えるようになることである。31:8「わたしは彼らを北の国から連れ出し、地の果てから彼らを集める。彼らは大集団をなして、ここに帰るこれは世の終わり完成だ。私達待ち望む希望である。