礼拝説教の要旨・2025年12月7日・イザヤ7:1-25
“処女が身ごもり、男の子を産む。その名はインマヌエル”
アハズ王が治める南ユダ王国と北イスラエル王国(エフライム)は敵対関係にあった。エフライムは隣のアラムと同盟を結んで南ユダを攻めたが、占領できなかった。でも、アハズ王も民も「アラムがエフライムと組んだ」と聞いて非常に恐れた。アハズはアッシリア帝国の助けを得るために使者達を遣わして高価な贈り物までした。そんな頃、預言者イザヤはアハズ王のところに行った。アハズはアラムとエフライムが再び来て自分を排除するのではないかと恐れていたが、イザヤは「――エフライムは65年のうちに、打ちのめされて、1つの民ではなくなる。――あなたがたは、信じなければ堅く立つことはできない」と語った。
アハズは主に頼らないでアッシリアと同盟を結ぶという政治的な手腕で危機を乗り越えようとしていたが、イザヤはこの機会にアハズの心を主に向けさせようとした。「あなたの神、主に、しるしを求めよ。よみの深みにでも、天の高みにでも」しかしアハズは「私は求めません。主を試みません」と一見信仰的なことを言いながらイザヤの勧めを拒否した。
でもイザヤは諦めないで「それゆえ、主は自ら、あなたがたに1つのしるしを与えられる。見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ」と語った。私達キリスト者はこれがキリスト誕生の預言だと知っているが、アハズを初めとして旧約時代の人々にはその意味は隠されていた。でも、その子が生まれた後、どうなるかをイザヤは語った。「この子は、悪を退けて善を選ぶことを知る頃まで」はその子が分別を身につけるまで。「凝乳と蜂蜜を食べる」は荒れ果てた地にいる人達の食べ物。つまりその子が貧しさの中で成長し、分別を身につけるまでに「あなたが恐怖を抱いている2人の王の土地が見捨てられる」アラムとエフライム(北イスラエル)が滅びる。アハズがアッシリアに助けを求めたからそうなるのか?アッシリアは侵略国家だからアハズが助けを求めなくても彼らを滅ぼしたと考えられる。事実、アラムは3年後、エフライムは13年後に滅ぼされる。
さらに将来、助けを求めたアッシリアが南ユダ王国に攻めてくることを預言した。しかも、物凄い大軍でやってくる。実際、この預言通りにアハズ王が死んで、その子のヒゼキヤ王のときにアッシリアはエルサレムを包囲する。イザヤ36-37章を参照。「その日、主は大河の向こうで雇ったかみそり、アッシリアの王を使って頭と足の毛を剃り、ひげまでも剃り落とす」アッシリアの王は世界征服の野望を成し遂げるために侵略するが、主は諸国の罪や悪をさばくためにアッシリアにそうさせる。彼らは主なる神の使用人だ。主権は神にある。だからイザヤはアハズにすべてを支配する神の前にへりくだり、そのみこころを求め、神に祈る生き方を伝えた。その生き方がインマヌエル(神とともにある)だ。私達キリスト者は処女から生まれた男の子がイエスキリストだと知り、キリストが私達の罪のために十字架にかかることで罪の赦しを得られ、私達は神に立ち返り、神とともに歩むようになることを知り信じている。でも、この世にはアハズのように神に目を向けないで自分の知恵や力や人間的繋がりで上手くやろうとする人達が残念ながら非常に多い。だからこそクリスマスとは処女から生まれたイエス様が神とともに歩む生き方に変えてくださることを知らせる時なのだ。
