礼拝説教の要旨・2026年4月12日・マタイ4:4(リー師)“パンはなに?”
「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる」
2,みことばの誤解
「人はパンだけで生きるのではなく」を、人は物質的だけでなく、精神、文化的にも満たされるべきだと理解するのは誤解。文化、芸術、娯楽の必要性ではなく、聖書の必要性を説いたもの。
3,みことばの背景
イエス様は40日40夜の断食の後、とても空腹な時に「あなたが神の子なら、これらの石がパンになるように命じなさい」という悪魔の誘惑を受けたが、石をパンに変えずに「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる(申命記8・3)」を引用して答えた。
4,みことばの意味
神の子イエスは簡単に石をパンにできたが、食べ物よりもみことばが大切だと語り、悪魔を撃退した。ただし、そのみことばは「パンで生きる」ことを否定しない。パンは必需品だ。しかし「衣食足りて礼節を知る」との伝統的価値観のように考えると間違いだ。聖書を読み、祈ることによって霊の健康が保たれる。だが、体の健康に気をつかう人は多いが、霊の健康はおろそかにしやすい。
5.学べること、実践できること。
(1)物質だけでなく、霊的なものが必要。
「主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、主の口から出るすべてのことばによって生きることをあなたに分からせるため(申命記8:3)」は霊的なものの必要性とそれはみことばによって与えられることを教える。
(2)アップデートと分かち合いの必要性。
毎日天から降ってきたマナは、毎日アップデートする必要性を表すが、それは毎日みことばを読むことでなされる。一方、神学者ドロテーゼレの「パンだけによる生は、死を意味する」は自分のパンを手に入れるだけで他人のことなど知らない関係の断絶の中に身を置くことは、生物学的に生きても人間性においては死と同じ。だから主からもらった新しいものを教会で分かち合わなくてはと語る。
(3)神は必要なものを備えてくださる
マナは貯めることができず、すぐに腐る。でも、神は毎日必ず新しいマナを与え、安息日の前日には2倍のマナを与えてくださる。神は毎日、私達の必要のために備えてくださる。私たちが将来のことで分からないことでも人生の絶望の時でも、神は必ず備えてくださる。「初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった」神のことばは人が生きるための重要な要素。神のみことばによって生きるとは、私たちの真の理解者であるイエス・キリストと共に生きることである
