礼拝説教の要旨・2026年11月8日・ルカ11:24-28
”キリストなしでは、一時、良くても後が悪い“
イエスは「悪霊が出て行き、体や心の状態が良くなり喜んでいたが、しばらくすると悪霊は家に戻って来た。悪霊が帰って見ると、家は掃除されてきちんと片付いていた。それで汚れた霊はーー自分よりも悪い、7つのほかの霊を連れて来て住みつき、その人の最後の状態は初めよりも悪くなる」この箇所は先週の続篇だから11:24―23を振り返ろう。イエスが悪霊を追放して人を癒すと群衆は驚いたが、ある者達が「イエスは悪霊どものかしらベルゼブルによって、悪霊どもを追い出しているのだ」と批判した。だがイエスはその批判に冷静に対応した。「あなたがた」はイエスを批判した人達。「あなたがたの子ら」は魔除け祈祷師。なぜ魔除け祈祷師達が「あなたがたの子ら」なのか?イエスを批判した人達と魔除け祈祷師達は“親と子”のような関係だから。「あなたがたの子らが悪霊どもを追い出しているのは、だれによってか」魔除け祈祷師が悪霊を追い出しても悪霊はまた戻って来てさらに状態を悪くする問題に対する批判。だが「あなたがた」は魔除け祈祷師の問題を何も言わない。「あなたがたの子らがあなたがたをさばく者となる」とは“わたしを批判するのに、魔除け祈祷師の問題は何も言わないあなたがたは、彼らの問題によってさばかれる。
次にイエスは“自分は神の指によって悪霊どもを追い出し、悪霊を追い出した人達には神の国が来ている”と語る。神の国が存在するとは神の支配がその人にあり、悪魔や悪霊が忍び寄っても神の支配がそれらを排除すること。「強い者が十分に武装して自分の屋敷を守っている」は強い者つまり悪霊に支配された状態。「もっと強い人が襲って来て彼に打ち勝つ」は悪霊につかれた人がイエスの神の指によって悪霊から解放されたこと。一方、魔除け祈祷師が悪霊を追い出した人達のうちには神の国がなく神の支配がない。霊的な空白状態だ。「家は掃除されてきちんと片付いています」とは悪い意味。神の支配がないから悪霊に対して無防備で、悪霊がどんどん入って来られる状態。イエスはそういう悪い例を出して“わたしだけが悪霊を追放し、神の国を築くことができる”と語った。イエスがみわざを終えて天に帰られてからは、イエスを信じて神の国が存在し、それが悪霊の侵入を防ぐことができる。
私たちキリスト者はすでに主を信じて救われ、私達のうちに神の国がある。私達は下手をすると、2000年前に起こった今日の箇所を他人事のように読んでしまうかもしれない。だが、私達も救われていながら不信仰になり、世のものに惑わされ、自分のうちに神の国があるのかないのか?心許ない状態になることがある。そんな状態だと、私達の心も霊的な空白状態だ。現代の私達にとって悪霊とは、イエスの時代の悪霊だけでなく、現代の思想や時代精神やこの世の風潮である。昔のような異常な現象や病はなくても、そういうものに惑わされて自分の信仰が変質することがある。そうならないようにするために主は神のことばの大切さを語った。「あなたを宿した胎、あなたが吸った乳房は幸い」これは横ヤリを入れて話を逸らす言葉なので主はマズいと思い、すぐに「幸いなのは、むしろ神のことばを聞いてそれを守る人たちです」と語った。私達が自分のうちに霊的な空白状態を作らないために出来ることは、みことばを聞いて読んで心に留め、それを守ることだ。そのほかに出来ることはない。
